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逆境に乾杯

あの人の

まさか自分がつくった会社から追放されるとは

スティーブ・ジョブズ(1955~2011)

update:2018/01/11
スティーブ・ジョブズ
アップル社から追い出されたことを、本人は後に「人生最良の出来事だった」とふり返りました。「失敗は成功のもと」ということわざは、この巨人にもあてはまるでしょうか?

通信と流通の産業構造を組み替えた、歴史的イノベーションの旗手。スティーブ・ジョブズの栄光を知っている私たちは、彼を仰ぎ、ときには彼から学びたいと思うことがあります。
倒産寸前の会社を、どうやって世界的企業へと押し上げたのか? iPodやiPhoneのような画期的な新製品を、どのように思いついたのか? 巧みなプレゼンテーションの技術は、どこで身につけたのか?

アップル社を創業し、アップル社を追放され、アップル社を再建し、アップル社に君臨した男。「追放」から何を学び、「再建」へと漕ぎつけたのでしょうか。

「白ければ白いほどいい」

「おまえは何もわかっちゃいない」

「耳が腐る!」

彼のバイオグラフィーを辿る限り、「ジョブズはいつでもジョブズ」。失敗から何かを学んだ形跡はあまり見当たりません。たとえば、アップル社再建の決定打となった初代iMac。

発表会の直前、ジョブズはトレイ式のCDドライブに大激怒。「スロット式だと新技術搭載競争に出遅れることになる」と説明するエンジニアに対して、「トレイ式は使いたくない!」と反論。可及的速やかにスロット式に変えるという約束と引き換えに、発表中止を中止。
同じようなことは、「追放」の前にもありました。

うっとりするほどすばらしいことに、うっとりし続けること

作ったものが思ったより売れなくて、父親のように頼りにしていた人に「きみには無理だ」と否定され、スタッフを失い、追われるようにして会社を去った後、ジョブズは何をしたか。
家にとじこもって、大好きなボブ・ディランの『時代は変わる』を聴き続けたそうです。

少し元気が出ると、生物学者の先生と遺伝子組み換え技術の話をしたことを思い出して、スタンフォード大学へ出かけます。自分の知らないことを知っている人と話すと、インスピレーションが湧くようです。
新しく始めた会社が赤字続きでも、最新のCG技術を使った短編アニメーションを観ると元気が出ます。そのようにして、思い出すのです。

「人類の体験と知識という財産にお返しができるモノを生みだすのは、うっとりするほどすばらしいことなんだ」

スティーブ・ジョブズという人の人生では、正反対のものごとがいくつも交差しています。
アートとテクノロジー。複雑であると同時にシンプルであること。異端者にして中心人物であること。

そこでは成功と失敗も、栄光と挫折も、渾然一体です。学ぶべき何かが、もしあるとすれば「学ばないこと」。
私たちが学ぼうとすることを止めたとき、彼は問いかけます。あなたを夢中にさせるものは何ですか、と。

【もっと知りたい】ジョブズはボブ・ディランから学んでいた
生涯をとおして愛聴したボブ・ディランについて、ジョブズは次のように語っています。
「彼が書いたすべての歌詞を何度も読んだ。それでディランがひと時も静止していないことがわかったんだ。1つのことをずっとやっていれば成功が約束されるけど、失敗のリスクをとって挑戦を続ければアーティストのままでいられる」
発明家や経営者ではなく、ミュージシャンを「お手本」としたスティーブ・ジョブズ。アップル社を追放されたことは、「成功した実業家」から「身軽な挑戦者」に立ち返るきっかけになった、だからこそ「人生最良の出来事だった」とふり返っているのです。
参考資料
『スティーブ・ジョブズⅠ・Ⅱ』(著:ウォルター・アイザックソン/訳:井上耕二)講談社、2011年刊