ナレッジ(挑戦雑学)

「挑戦は時を選ばず」カーネル・サンダース 逆転の人生

update:2016/10/26
「成功のセオリー」に年齢制限という条件が存在しない
人生において“いつ”挑戦するべきかそのタイミングについて、人は悩み「挑戦するには若すぎる」とか、「新しい挑戦をするには遅すぎる」と忠告を受けたりするかもしれません。
しかし「カーネルおじさん」ことカーネル・サンダースがケンッタッキー・フライドチキン(KFC)のフランチャイズ・ビジネスを開始したのは、なんと65歳の時でした。「成功のセオリー」に年齢制限という条件が存在しないことを彼の人生は物語っています。

「人生は自分で作るもの、遅いということはない」

彼が38歳で起業してからの後半生は、挫折の連続で、なんとか再起したガソリンスタンドやカフェの経営も、新しいハイウェーの建設という環境の変化に手放さざるを得ず、負債を支払うと手元にはわずかな金額しか残っていませんでした。
年齢からも引退を考えるのが普通かもしれない状況です。しかし、彼の持ち前の働く意欲は衰えておらず、カフェで提供し、好評であったフライドチキンの調理法と車1台で、各地のレストランで実演しながら、FC契約を結ぶ営業活動の旅を始めたのは、彼が65歳になった1955年のことです。

「レシピに金は払えない。」飛び込み営業での門前払いは当たり前。でも不屈の闘志で彼は諦めません。どうしたら話を聞いてもらえるのか、暇な時間に訪問し、従業員の賄いとして食べてもらったらどうだろうと様々な工夫を凝らします。

妻と励まし合いながら、後部座席で朝を迎え、余ったチキンを食べる日々は2年間にも及び、1010軒目の訪問でようやく契約に至ります。
そして旅から地元に戻ると、それまでの地道な営業活動が実を結び、契約の申し出が殺到していたのです。それからは加盟店を伸ばし事業は大成功。1960年には米国とカナダで400店舗、1964年には600店を超えていました。

「他の人に一生懸命サービスする人が、最も利益を得る人間である」

苦難が続いた時期にも「猛然と働く意欲」と伝統的なアメリカ南部の人々の他人を家人のように温かく迎えもてなす「サザン・ホスピタリティ」を忘れることはありませんでした。

最善を尽くして嘘のない美味しいものをつくること、お客様にご満足いただいているか常に耳と心を傾けること、人を喜ばせることにおいて妥協することはありませんでした。

その考え方は7才のとき弟妹と母のために焼いたパンが、皆に大喜びされたことが原点です。
このときの嬉しさをカーネルは生涯語り続け、その感動が「おいしいもので人を幸せにしたい」というKFCの理念へと受け継がれていきます。

「いくつになっても、自分の人生をより価値あるものにするための努力をするべきだ。何の問題も起こらない人生が、素晴らしい人生なわけがない」

フランチャイズ権を売却した後も「成功は多くの人と分かち合いたい」と惜しみなく知識・技術を教え続けました。
一方では、少しでも余裕ができると慈善活動を行い、孤児院の子供たちのために毎日アイスクリームをつくったり、肢体不自由児のための基金をつくったりしました。

人を幸せにする事に引退はない。「決して引退を考えずにできるだけ働き続けろ」「人間は働きすぎてだめになるより、休みすぎて錆付きだめになる方がずっと多い」。
その言葉どおり、カーネルは90才で生涯を閉じるまで現役を通しました。

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